I REMEMBER 田村翼

上京後、初めて'94年9月27日の翼さんのライブは今でもしっかりと記憶にある。
ライブは確か町田市の駅近くにあったJazzのライブハウスだった。店の屋号は忘れたが地下にある店だった。
ボクの住む品川からは新宿経由で1時間はかかる距離だが、その時は翼さんのライブを聴きに行きたい! いや、聴きに行かなくちゃ!と思うほどに、気持ちがポジティブになっていた。
多分に以前に翼さんと新宿で会って話したことがきっかけで、ボクの気持ちに少しづつだが変化が現れてきてたのではと、今でも思っている。
ライブは友人二人を供にして行ったのだが、翼さんの12年ぶりの演奏、とくにバラッドでは感極まり涙が溢れそうになるが、友人たちに涙を覚られないように必死に堪えながら、聴き入ったのだった。

その町田でのライブ後、ボクは翼さんと会う機会もライブを聴きに行く機会も作るのが困難なほどに仕事量も更に多くなっていた。
そして'96年1月末、翼さんの奥様から、翼さんが亡くなったとの連絡が・・・。
居ても立ってもいられなかった。座間のご自宅までお伺いした。'80年の徳之島ライブのカセットをダビングして持っていた。
奥様から癌だったこと、その病を入院治療することなく自然医食療法を選び、前年の'95年12月の九州ツアーをキャンセルせずに全うしたこと、徳之島や奄美のライブをはじめとした地方でのライブのことをよく話していたこと、自宅でのピアノの練習ではJazzだけでなくクラシックもよく弾いていたこと、頑固だから普段の都心部でライブ活動は店のポリシーと自らの演奏スタイルのポリシーが合致しない店には出演しなかったこと、等など、奥様の話を聴けば聴くほどに、ボクは翼さんが毅然とした音楽家人生を送っていたことがわかるとともに、その翼さんの人生の中でほんの短い時間ではあったが、ライブでプライベートで関わりをいただけたことに感謝するとともに感無量の気持ちになったことを今でも思い出す。

当時のボクの鬱的感情移入が有りすぎて、少々湿っぽくなってしまった。許されたし。
また、ボク自身がこのブログで翼さんの過去にリリースされた作品について一枚もレヴューしていないのは、他のアーティストのどの作品よりも自身の感情移入的な表現のウエイトが大きくなってしまう恐れがあるがために、今は敢えて触れずにいる。
先日の記事の最後のほうでちょろっと書いたが、多分、そのビッグニュースが陽の目を浴びた時には、心のベールを取り払い、翼さんファンの一人として自然なリスナー感情で書けるのではないかと思っている。

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— posted by ティダ at 08:46 pm       

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